目がうまく閉じない、眉が動かない、口元から水がこぼれる、このような症状があらわれたら顔面神経麻痺の可能性があります。日本では毎年、人口10万人あたり20人~40人1)が発症するとされており、けっして稀な病気ではありません。しかし、適切な治療により多くの患者さんはほぼ元の状態に戻るとされており、早めの診断と適切な治療が大切となります。
顔面神経は、顔の筋肉を動かす大事な神経です。この神経の通り道の大部分が耳の骨、耳下腺、顔面にあり、これらの神経に何らかの異常が生じた場合に顔面神経麻痺が生じます。
顔面神経に異常が生じる原因にはさまざまなものがありますが、もっとも多いのはウイルスです。実際、顔面神経麻痺でもっとも多いベル麻痺やハント症候群では、単純ヘルペスウイルス、水痘・帯状疱疹ウイルスが関与していると考えられています。 多くの人は、幼少期にこれらのウイルスに感染しています。そしてウイルスは体内で静かに潜伏を続けますが、何らかのきっかけにより体内で暴れ出し、顔面神経を傷つけることで顔面神経麻痺を起こすとされています。
ほかにも、脳卒中など脳の病気や、頻度は低くなりますが事故や外傷、外科手術の後遺症が原因となって顔面神経麻痺が起こることもあります。
顔面神経麻痺は、「ある朝目覚めたら顔が動かない」といったように、突然、生じることが多いのが特徴です。あわてて鏡を見ると顔が曲がっていて、目がうまく閉じられない、眉が動かない、口元から水がこぼれるなど、顔の筋肉が動きづらくなります。
顔面神経麻痺になると、見た目が変化するだけでなく、食事や会話といった日常生活の行動に支障を来します。そして50歳代での発症がもっとも多い1)とされていることから、働きざかりの患者さんの仕事や社会生活の質をも大きく低下させかねません。
とくに先に述べたようにウイルスが原因の場合、ウイルスはどんどん増殖する性質をもつため、発症から1週間程度は症状が悪化する恐れがあります1)。そのため、顔面神経麻痺が疑われる症状が現れたら、なるべく早い段階で医療機関を受診し、治療を開始することが重要です。
なかには、脳卒中が原因で顔面神経麻痺が起こることもありますが、その場合は呂律が回らない、頭痛、足の麻痺やしびれといった症状を伴うのが特徴です。脳卒中が疑われる場合は、すぐに救急車を呼んでください。
耳鼻咽喉科の外来では、問診をはじめ、顔面の神経を電気で刺激して筋肉の反応をみる筋電図検査を行います。この検査により、筋肉や末梢神経がどの程度傷ついているか、どの程度治る可能性があるかといった重症度を確認します。また、重症度判定には、「柳原法(40点法)」と呼ばれるスコアが用いられる場合もあります。
ほかにも、必要に応じて聴力検査や血液検査、画像検査などを行います。
顔面神経麻痺になると、神経が傷つき、炎症やむくみが生じた状態となっています。そのため、治療においては、炎症やむくみを軽減することを目的として、ステロイドによる治療が基本となります。軽症~中等症の場合はステロイドの経口薬を、重症例では点滴を投与します。必要に応じて、鼓膜を切開し、鼓膜の奥の「鼓室」と呼ばれる部位に直接、ステロイドを注入する場合もあります。
顔面神経麻痺の発症から1週間が経過すると、炎症やむくみのせいで神経が変性し、もとの状態に戻ることが難しくなります1)。そのため、ステロイドは早期に投与するほど有効で、できれば発症当日や翌日には開始するのが望ましいとされています。
また、ベル麻痺やハント症候群に対しては、抗ヘルペス薬を投与してウイルスの増殖を防ぎます。ただ、抗ヘルペス薬は、すでに増えてしまったウイルスには効果がないため、こちらもできるだけ早期、遅くとも発症3日以内の投与開始が必須とされています1)。
適切かつ早めの治療により、約95%は治癒するとされていますが1)、一定割合の患者さんで麻痺が続き、後遺症が残ることがあります。この場合も、適切な表情筋のリハビリテーションを行うことで後遺症を軽くすることが可能です。
顔面神経麻痺の場合、発症からなるべく早期の受診が、もとの状態に戻るかどうかの分かれ道になります。「疲れているからかも」「そのうちおさまるだろう」と放置すると症状が進行し、後遺症が残る恐れもあります。
顔面神経麻痺は、耳鼻咽喉科で診断、治療が可能です。顔面神経麻痺が疑われる症状があらわれたら躊躇せず、早めに当クリニックにご相談ください。
1)日本顔面神経学会編. 顔面神経麻痺診療ガイドライン2023年版. 金原出版、2023年
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